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分水嶺を超えた社会の福祉  西池 匡 氏
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そして大学の教授の導きによって出会ったのが、カール・ロジャーズ(1902~1987年)というアメリカの臨床心理学者の理論でした。ロジャーズの「対人援助技術(カウンセリングのことです)」を良く学ぶように、と教授に指示されたのです。

ロジャーズは、心理学の現場で行われている「カウンセリング」の新しい道を切り開いた人でした。彼のカウンセリングは、個々人の状況に対して「それなら~したらいいよ」というようなことを一切アドバイスしなかった。これは「非指示的カウンセリング、非指示療法」と言われます。とにかく相手に聞く。相手に話をさせる。こちらから指示しない。そうすることで、本人の成長能力が開発される。個人を治そうとするのではなく、その本人が変わることを促す。

ロジャーズの理論を学ぶうちに、私は、人間との出会い、人生との本当の出会いこそが、仏道に至る道だ、さらにはそのことこそが福祉の根本だと思うようになりました。ロジャーズは、本当に人と出会うことで「静かな革命」を目指すんだと説いた。ちょうど、米ソの対立が世界的な空気をつくっていた「熱い」政治の時代でしたので、ロジャーズは自分の考えをそれに対して「静かな革命」だとしたんです。人間関係のあり方が本当に変わっていくことで、世の中は革命的に、静かに変わっていく。本当の人間関係によって、世の中の全ては変わっていくんだというロジャーズの信念に、私は強く揺さぶられ、影響を受けました。

さらに、もう一つ、私はロジャーズの言葉に出会いました。「社会は分水嶺を超えていく」というものです。「社会は分水嶺を超えていく」...、そうなんです、産業革命、高度成長、ITと変化してきた近代文明が、様々な課題を抱えたまま、今、限界に達している、社会のあらゆる場面で、深刻な問題が噴出してきている。例えば、環境問題、エネルギー問題、人口問題、少子高齢化、格差社会など非常にシリアスな今日的な問題、本当にたくさんありますよね。

私たちはいま「社会の分水嶺」にいる、私たちはその分水嶺を越えて、問題を解決しながら、新しい人間のあり方を目指すのだ。私たちは、ともすれば、右肩上がりの成長の矢印のイメージで社会をとらえがちですが、そうではなく、これまで社会は下がり続けてきたんだ、様々な問題を前にして、今こそ、私たちは、本来の人間を目指して、上がっていこうではないか、人間を本当に尊重する社会へ、新しい集団の理念を持って。

このこともお話し始めると、とまらないくらい言いたいことがたくさんあるのですが、、、手短にいきますね。医療・福祉・労働・家族・教育のあらゆる分野で、いま、本当に大きな問題を社会は抱えている、そんな社会になってしまった。福祉のことで言えば、日本の社会の在り方が大きく変化してきた結果、もう家族の中で介護をすることが困難となってしまった。いまから約15年前、国が介護保険制度を整備し、老人の介護を家族だけが行うのでなく、国の制度として、国が面倒を見ようとしましたね。

しかし、現在、この介護保険制度だけで間に合っていますか?国やコミュニティは今後ますます弱体化していきます。人口減少に伴って、経済活動の規模も小さくなっていくでしょう、家族や地域に対する精神的な文化もどんどん衰退している。そんな中で、介護保険制度が十分に維持していくことが困難なことは、みんな薄々感じ始めていますよね。福祉一つをとってみても、私たちは確実に「次の」段階へいかなければならない時代にいる。そう思うのです。

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