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アルメニア <十字の石> を訪ねて  長岡 國人 氏
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それでは、十字の石をどうやって「拓本」にするのか。まず、なによりも、苔をおとします。これが本当に大変な作業。放置されて荒れ放題で埋まっていたりしますからね、草に埋もれた土の中から掘り起こして、丁寧にやさしく洗います。世界遺産ですから、もちろん文化庁から正式に許可をもらってるわけですよ。最初の頃はね、「なんだか変なアジア人がやってきて、墓掃除してるぜ」って思われてたと思うのね。なにやってんのかなって。でも最近は、お墓をキレイにしてもらえるものだから、僕は現地の方にかなり評判いいんですよ(笑)。

で、苔を落としてキレイにしたら、石全体を水で濡らして、空気が入らないようにして紙をぴたっっと押しつけます。この紙は、このプロジェクトのために特別にお願いして作っていただいた和紙です。「丹後和紙」の田中さん(京都府福知山市大江町、丹後和紙・田中製紙工業所)です。今日は会場にも来ていただいています。非常に丈夫で美しい和紙があるから、私はアルメニアでの活動をすることができている。皆さん、田中さんにぜひ拍手をお願いします。

そて、拓本の行程の説明を続けます。石をぬらして紙を押しつけたら、和紙が乾いてしまわないうちに、油性の墨をタンポンで紙の上から打ち付けます。そうやって石の凹凸を和紙にうつしこんでいくんです。何千回も何万回も打ちます。石は一切汚れません。なんといっても世界の宝ですからね、汚しては大変です。
屋外だから紙が風邪で飛んでいってしまうこともあるし、乾きすぎてしまうこともある。時にはスプレーで水分を補いながら行います。かなりの時間をかけます。この、何万回も和紙の上から墨を打ち込む行為を通して、僕は死者に向き合う。死者に向かって語りかける。死者との語らいの時間です。十字の石プロジェクトの真意はここにあります。

実は、ぜひ拓本にしたい!と狙っている十字の石があるんだけれど、許可がでません。アルメニア正教の本部にある十字の石です。これ、ね、とてもいい表情してるでしょう。僕はもう本当に好きなんだけどなあ。そしてこの写真も、ほら、ここまで彫って、ここからいきなり彫るのをやめちゃってるでしょう。こういうのが、いいんですよねえ。
そしてこれはアルメニアにある十字の石の中で、一番大きなものです。聖者Dadiの墓です。Dadiの修道院にあります。

拓本は必ず2枚同じものをつくります。一つは現地の方にお渡しするもの、もう一つは私が持ち帰る用です。アルメニア文化庁にまとめてお渡しできたらいいんですが、そうもできずに、結構ばらばら点在している状態です。

ああ、もう時間がないからそろそろしめなくちゃいけないんだけれど、僕がこれまでやってきたことがすべてつながっていることを、今日はどのくらい皆さんにお伝えできたのか不安だけれども、これでお話を終えたいと思います。僕は銅版画家、版画というメディアを持った「伝道師」だと自分のことを思ってるんですよ。ただ版画が好きでやってるんじゃない。お金にもなんにもならないことを、世界に対するライフワークとしてやっている、誰もやってないからさ。

だいたいね、海外に長く暮らして考えて活動しているアーティストというものは、多民族の複雑な歴史のあるところに引き寄せられて、人類の「生と死」のテーマに行き着くんじゃないかと思いますね。マヤの遺跡に魅せられていった利根山光人や旧ユーゴスラビアの墓碑彫刻を拓本で採った阿部展也の二人もそうだったように。人類の記憶を引き継いでいくというかね。それこそが、普遍的なテーマなんだよね。

ちょうど、来年2015年は、アルメニア人ジェノサイドから100周年にあたります。アルメニアだけでなく、世界中で「人権」をテーマに企画展が開催されるのではないかと思います。僕もその世界の動きの中で「光」を提示していく一人の作家、伝道師であり続けたいと思っています。

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