セッション
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干物女のまんが道 ひうら さとる 氏(漫画家)
3. 漫画家「ひうらさとる」になるまで ①小学生~就活期
中:1984年に、高校3年生の時に漫画家としてデビューなさってますね。ということは、かなり小さいころから漫画家になりたかった? ひ:はい。小学3・4年のころからずっと漫画は描いていました。ちゃんとコマ割りもしてましたね。仲のいい漫画好きの友達と二人で連載したりして。わあ、すごいってみんなに言われたりして喜んで。ま、あの、誰からも頼まれてなかったんですけれどね(笑)。 高校も美術系の学校に進学するんです。そうすると、その先の進学先は美大ということになるんですが、同じような授業を大学生になってさらに4年も続けるのはやだなと。それに、そのころマクドナルドでバイトしてたんですが、私は「笑顔」ができなかった(笑)。どこかに勤めるのは私には向いていない、何かに従って働くのはムリだ。それで自分で進路を決めちゃおう!と思ったんですね。好きなことしかしたくない、好きな場所で、好きなことだけして暮らしたい、だから「漫画家に就職」するんだと。 そういう経緯で、雑誌に投稿し始めるんです。すると、ちょっと入賞したりしすると、5千円とか1万円とか賞金がもらえるんですよ。お小遣いがもらえるという喜びと共に、漫画を描くことの対価としてお金をいただくことができるんだ、という楽しさを覚えるわけです。 それに、なによりよかったのは、投稿した漫画について、きっちり「批評」してもらえることです。A4のシートにみっちり書かれた批評シートを送ってもらえるんですね。内容はかなり具体的です。「バックが雑だ」とか「設定したキャラが活かせていない」とか、このフィードバックがなによりうれしかった。小学校のころ、友達にみせて「すごいね!」って純粋によろこんでもらってたのとは違う、プロとしての視点できっちり見てもらってコメントをいただくこのやりとりが、本当にうれしくて楽しかったんです。 で、この雑誌への投稿時代を、私は「就活期」と位置付けています。 → 次のページ「4. 漫画家「ひうらさとる」になるまで ②内定~就活決定」 |