セッション
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干物女のまんが道 ひうら さとる 氏(漫画家)
4. 漫画家「ひうらさとる」になるまで ②内定~就活決定
ひ:そして「なかよし」という雑誌の新人賞を受賞します。これが言ってみれば「内定」ですね。高校2年のときです。進路指導の相談の時も、「私、進学はしません、もう漫画家としてデビューしましたから」なんて言ってハッタリかましてましたねえ。新人賞をもらっただけの状態だったんですけれど。でも、漫画家でやっていける!っていう自信はなぜかあったんです。 そのうち、「なかよし」でちょっと書かせてもらえるようになります。会社にまだ机はないけれどみんなと同じように働く感じ、いわば「試用期間」です。そうしているうちに、ちょっと人気が出てきて「なかよし」の表紙を飾ったり、付録にしてもらえたり(当時、漫画雑誌の付録の威力は絶大で、付録になって初めて漫画家として認めてもらえるという風潮があったんですよ)、連載をスタートしたり。つまり、「なかよし」という会社と正式に契約して、毎月決まった原稿料が入ってくるようになったんですね。これでようやく「就職が決まった!」ことになります。二十歳前、高校を卒業して1年くらいたったあたりですね。 ですが、初対面の方に「漫画家のひうらさとるです」と言って通じるようになったのは、「就職決定」から24年経ったころ、「ホタルノヒカリ」を書いた後です。それまでもちゃんとお給料をいただいて働いてはいたんですが、認知されてはいなかった。一人前として広く認めていただけるようになったのは、ホタルノヒカリ以後ですね。綾瀬はるかちゃん24歳の初主演テレビドラマ(2007年)の影響が大きいです。 → 次のページ「5. 漫画のつくりかた ~アナログからデジタルへ~」 |