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本の未来について  幅 允孝 氏
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幅)そんな状況の中で、僕はどんな仕事をしているのか、みなさんにご紹介したいと思います。これは先日、女子高に本棚をつくって本を提案したときの写真です。僕は普段の生活の中で全く女子高校生と接点がないので、まずは女子高校生たちのお話を聞くところから始めます。月に何度か学校に通って、たくさんの女子高生からじっくりお話を聞いた。各学年からまんべんなく、図書委員の子、本が大好きな子、本なんか大嫌いだと公言する子、いろんな立場の高校生のお話を聞きたいと、事前に先生にお伝えして生徒を選抜してもらって会いました。

この場合のヒアリングで大切なことは、まず、先生には席をはずしてもらうことです。先生が同席しているとどうしても「良い」答えを用意してしまいますから。そして、答えを聞かないことです。「あなたはどんな作家が好きですか」と最初に答えを聞いてしまわないことです。

ヒアリングの結果は僕には衝撃のものでした。あるインタビューでは15人中、村上春樹を読んだ人が一人、吉本ばななを知っている人に至っては0人。村上春樹や吉本ばななを知らない。ここにいらっしゃるみなさんも、きっとびっくりされると思いますが、それが彼女たちの常識なんですよね。本なんて全く読まない、本そのものへの興味が全くないという人が非常に多い状況は、本の仕事をしている僕にとって立ちくらみを覚えるくらいの衝撃です。しかし、そのことにのけぞりつつ、それでも立ち向かわねばならない。

丁寧に話を聞いていくと、彼女たちは、ゲームやアニメは好きで、例えば、『Fate』なら5人が知っている。つまり、彼女たちは、本に全く興味がないからといって、物語に興味がないわけではない、「物語を取り込む」ことは好きなんです。その取り込み先が、本ではなくなってしまったということ。『Fate』の原作者の奈須きのこさんは、綾辻行人に影響を受けたと何かのインタビューで答えてらっしゃるんですが、彼女たちの話を聞きながら、『Fate』と綾辻行人との間の「結節点」を見つけていくんです。

インタビュー時には、何冊か本を持っていって、彼女たちの前に並べて置いておきます、彼女たちには自由に本に触れてもらって見てもらう。あるとき、一人の高校生が、インタビューの間中ずっと、僕の話をつまらなさそうに聞き流しながら、一冊の本を眺めていました。その本は、伊藤まさこさんの『おやつのない人生なんて』という本でした。おやつにまつわるエッセーが写真と共にのっているこの本の冒頭には、TOPSのチョコレートケーキについて書かれています、そのページを見ながら、「たしかに深夜に限ってTOPSのチョコは食べたくなるんだよなー」とかぼそぼそ言っている。じーっとそのページを眺めている。

本には興味がなくても、甘味には興味がある。別に本じゃなくても、ネットでもテレビでも、甘いお菓子について知る手段は他にもあります、けれど、本だからこそ入ってくる情報がある。その部分は僕は信じているんです。よりおもしろく知ってもらうために、本からしか得られない感じで何かを得てもらうために、僕の仕事がある。

僕は、本をたくさん読む子、本の好きな子を増やしたいのではないんです。本に触れることで、自分で生きるためのアイデアや考えるための要素となるようなものを、よりたくさん得てほしい、その得られたものによって、その人の毎日が少しでも豊かになるような。そんな何かを、より多くの人が「本」から吸収できることを目指したいんですよ。

ちなみに、この女子高で最初に決まった本の企画は、1年生:おやつの時間、2年生:I love cat、3年生:世界を見渡す、となりました。1か月ごとに企画を入れ替えて反応をみたりしながら、その後もずっと関わります。やりっぱなし、ということは僕はしません。

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