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本の未来について  幅 允孝 氏
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幅)例えば、アメリカの現代作家、ジョナサン・サフラン・フォアの『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』。これは、アメリカ同時多発テロで父親を失った少年が描かれているんですが、彼は「ビジュアル・ライティング」という手法をつかって、物語の途中にいきなりビジュアルを挿入するんです。村上春樹の『羊をめぐる冒険』を読んでいて、途中でいきなり羊の絵が出てくるページに、びっくりされた経験をお持ちの方も多いと思いますが、彼の場合はもっと、不穏なイメージのビジュアルを意図的に入れてくるんですね。

ジョナサン・サフラン・フォアは、このほかにも非常に面白い試みをしていて、『Tree of Codes』という本では、彼が敬愛するポーランドの作家、ブルーノ・シュルツの短編集の文字を切り抜いて、その切り抜いた言葉を使って新しい本をつくる、というような実験的なこともしています。尊敬する人を乗り越えていこうとする、彼なりの手法ですよね。ここに、僕は片岡さんが志賀直哉に抱いている気持ちを重ねました。

ジョナサン・サフラン・フォアは僕が個人的にも非常に注目している作家で、大好きな一人です。みなさんも機会があれば、ぜひ三木屋のロビーで手に取って、読んで見ていただきたいなと思います。

片岡)僕がもし本を選んでいたら、志賀直哉への思い入れが強くて、志賀直哉の関連本ばかりになっていただろうと思います。

三木屋のリノベーションと時期を重ねて、城崎の若手有志で、「文学」的な香りをどうやったら城崎に印象づけることができるのかについて考える会を立ち上げていました。志賀直哉が1903年に城崎にやってきてから110年となる2013年に、何かできないだろうかと。

それで幅さんにも相談させていただきました。そしたら、「自分たちで新しい『城崎にて』をつくったらいいじゃん」とアドバイスをいただいて。自分たちで本をつくる?そんなことできるんだろうか、そんな発想は全くありませんでしたから、びっくりしました。だまされているような感じで。

幅)僕は編集のお手伝いだけをさせていただきました。出来上がった新しい『城崎にて』はこれです。湯船で浸かって読んでもらえるように、防水加工になっています。表紙はまさにタオルです。110年も前に書かれた『城崎にて』は、現代の私たちには分かりにくい箇所がいくつもある、それで「注釈版」もつくりました。

また、『城崎にて』を現代風にアップデートするため、『プリンセス・トヨトミ』や『鴨川ホルモー』などで知られる人気作家、万城目学(まきめまなぶ)さんを口説いて、新作で城崎を書いていただけることになった。万城目さんは、和歌山・京都・奈良など関西の多くのまちを舞台に小説を書いておられるんですけれど兵庫だけはまだなかったんですよね、それで「万城目さん、兵庫県を舞台にした作品がまだありませんよねー、どうですか、城崎行きませんか!」って誘ってね。それで書いていただいたのが『城崎裁判』です。

城崎のお土産屋さんにこの本を置いてもらうお願いをするとき、最初は苦労されたようです。けれど、本が売れ始めると、お土産屋の店主たちの態度も変わってきて、「まんじょうめ」と読んでいたおじさんたちも、「まきめ」さんの本を認めてくれるようになった。片岡さんたちが頑張られた結果です。

新しい『城崎にて』は、本の業界でとても注目されました。一般的な本の流通を全く通らない本が、ある限定された地方でのみ販売されていることは、きわめて珍しいことだからです。片岡さんたちの営業努力と城崎の皆様のご協力のおかげで、初版の1000部を10日間で売り切り、現在では第3版を重ねるまでになっています。

中田)いやあ、片岡さん、本の選書をする人のなかで、名実ともに日本で一番の幅さんに三木屋の本棚をお願いできたことは、本当に幸運なことでしたね。片岡さん、ご説明をどうもありがとうございました。

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